日本音楽学会過去の全国大会第49回(1998)>研究発表F要旨


日本音楽学会第49回大会

研究発表F要旨


F-1 新海立子
囃子から見た能の音楽劇(ドラマ)構造
―囃子と謡の拍間計測結果に基づく―

 本研究は、囃子と謡それぞれの拍間操作状況や拍子型組み合わせなどの実態を、拍間計測を行うことによって具体的に提示し、能1曲全体における音楽劇(ドラマ)構造の様相を囃子の視点から明快に把握しようとするものである。

 横道萬里雄氏らによる『東洋音楽選書[四]能の囃子事』(東洋音楽学会編、1990年)「序説」では、既に能における囃子事が「謡だけでは表現し得ない能全体の性格を決定づける重要な要素」であるにもかかわらず、文学的な研究が行われてきた謡に比較すると、「器楽の技法が一般になじみにくかったためか、鑑賞面においても正当な扱いを受けていなかった」こと、この点は「謡事における囃子についても同様」であることが指摘されている(pp.27-28)。前掲書では特に能の囃子事部分に焦点が絞られ、各種の囃子事について詳細に分類が行われている。けれども、具体的にある能1曲全体について鑑賞を試みようとする場合、これらの囃子事部分はもとより謡事部分における囃子と謡、囃子がついていない謡事部分などについても分析検討が必要である。

 発表者は、能1曲全体が音楽劇(ドラマ)としてどのような構造をもっているか、特に囃子の視点から、囃子と謡によって創り出される不思議な拍間と拍子の実態に焦点をあてて分析を試みたいと考えた。そこでまず、実際に観客の前で奏演された能1曲全体の録音録画資料や手附などから小鼓や太鼓など囃子手組の配列と奏演方法を調査し、囃子と謡それぞれの拍間計測を行った。その上でそれぞれの拍間計測結果に現れた音楽劇(ドラマ)的な意味について検討を加えたものである。


F-2  前田美子
日本伝統佛教における西洋音楽の軌跡


 今日までの日本人とその文化を概観するとき、佛教の理解なくしては語り尽くせないことに気づかされる。しかしこのような日本文化のバックボーンとしての伝統佛教を意識の外に追いやる大きな転換期が2度現れる。そして他の伝統文化同様、日本の伝統佛教各宗は日本文化の過去の遺産としてのみの存在と認識され、時代をリードする活動は影を潜めざるをえなかった。

 明治期、日本に西洋音楽が導入されて間もなく、日本伝統佛教の各宗は、文明開化を危機感をもって迎え入れることになるが、一方では直ちに西洋音楽による教化政策を打ち出している。このことは時代への大いなる挑戦であったともいえる。大正時代には、サンブツ歌が生まれ、昭和初期には文部省宗務局に佛教音楽協会の設立、超宗派の佛教音楽活動が展開された。第2次世界大戦後(1945)の日本は、明治維新と同様に過去を否定しなければ進めない状況を再び経験するが、宗門学生の佛教音楽活動による合唱作品と音楽法要作品を生み出すことにより新しい時代を迎えることになる。以上、日本音楽史に紹介される事なく推移した佛教音楽の軌跡の一端を明らかにするものである。


F-3  河合 環
三重県志摩郡磯部町「磯部のおみた」
−民俗音楽学を中心に− 
         
     
 三重県志摩郡磯部町には、「磯部のおみた」と呼ばれる田植祭が古くから守り伝えられている。皇大神宮の別宮である伊雑宮に芸能を奉納して五穀豊穣を祈願するこの祭は、日本三大御田植祭のひとつにも数えられ、その歴史は既に江戸時代に原形を見ることができるとせれている。この研究は、平成3年より2年間にわたるフィールド・ワークを基とした。

 祭の構成は、田へ下りる前に伊雑宮の前を厳かな雰囲気で行進する「ヨメリヤ」、田に下りて田植えを目の前にして歌い奏される「ザザンザ」、田植えの中休みを縫って少年2人が声高らかに歌い踊る「サイトリサシ」、田植えでの奏楽を終え開放感に満ちて田から宮へと練り歩く「踊り込み」、以上の4つから成っており、主だった役を担う小・中学生の子どもたちが丸ひと月を費やして師匠と向き合い、それぞれに課せられた演技・演奏の習得を目指す。

 楽器は太鼓、ささら、大鼓(おど)、小鼓(こど)、笛が用いられ、さらに謡(うたい)が加わるが、それらの役割あるいは使用法は演目により多様性を帯びている。4つの演目は、田の芸能の特性を備えたもの、能・狂言の特質を帯びているもの、民謡調のものなど、それぞれに個性を持ち、それらの起こりが一元的でないことを思わせるが、考察を進めるうち、ある共通性を見いだすことができた。笛における運指および各演目曲の音構成に見られるリズム楽器的なあり方、言葉の使われ方等により、全演目に狂言の要素が見え隠れしているように思われるのである。

 それにとどまらず、楽器構成の根拠、田の芸能としてのさらなる意義の探求等、調査をつなぐべき事柄は数多く残されている。今後、さらに多角的に視野を広げつつ、本祭の芸能全体像の本質に迫りたい。


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